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第三話 詰んだ

Author: 月歌
last update Last Updated: 2025-02-08 15:33:45

◆◆◆◆◆

「……おかしいだろ、これ」

遥は荒い息をつきながら、神官たちを睨みつけた。

聖女として召喚されてから、痛みの共有 という過酷な契約に苦しめられている。

コナリーの無茶な「契約確認」と称した自傷行為によって、遥は何度も地獄の痛みを味わってきた。

だが、ふと周囲を見渡せば――

他の聖女たちは優雅に、攻略対象たちとイチャイチャしていた。

「これ……おかしくね?」

遥は現実を直視し、さらに怒りが込み上げてきた。

他の聖女たちは、王子や魔法使いたちと楽しげに談笑しながら、「痛みの共有」の確認を行っていた。

方法は、せいぜい肌を摘む程度。

「大丈夫? 痛くなかった?」

「うふふ、こんなの全然平気ですよ♪」

「君の痛みを僕も感じられるなんて、なんだか特別な気がするね」

まるで恋愛イベントのような雰囲気だ。

微笑み合う聖女と攻略対象たち。

そこには痛みも苦痛もない。

ただただ、甘い空気 だけが流れていた。

一方――遥は 地面を転げ回りながら、悶絶している。

「……どう考えても、おかしいだろこの世界!!」

ーーこのままでは死ぬ!

「おい、神官!!」

遥は神官の一人を引き止め、思い切り詰め寄った。

「何故、俺だけこんなに痛い目に遭ってんだ!? 他の聖女たちは、肌を摘む程度で終わってるじゃねえか!!」

神官は冷静な表情を崩さず、遥を見つめた。

「山下様、契約相手に合わせるのが聖女の務めです。」

「……は?」

「コナリー様は戦場で数々の激戦をくぐり抜けるお方。そのため、痛みの共有においても、それに見合う確認が必要なのです」

「いやいや、他の聖女たちは王子とか魔法使いとかと契約してるから軽傷で済んでるだけだろ!? なんで俺だけ全力の痛みテストしてんだよ!?」

「それはコナリー様が戦場に立つ方だからです」

「だから、そういう問題じゃねえんだよ!!」

遥の抗議もむなしく、神官たちは一切取り合わない。

要するに 「契約相手に合わせろ」 という一点張りだった。

遥の契約相手はコナリー・オブライエン。

王国最強の騎士であり、最前線で戦う 「戦闘狂」 である。

つまり、聖女として彼を支える以上、遥も 「それに耐えろ」 というわけだ。

「……クソが……!!」

遥は歯ぎしりしながら、別の方法を考えた。

「……待てよ」

遥は、ふと ゲームの設定 を思い出した。

『☆聖女は痛みを引き受けます☆』では、回復ポーション というアイテムが存在していた。

ゲームでは、戦闘中にポーションを使用することで、傷が癒え、痛みが軽減される仕様になっていたはずだ。

「おい、神官!! ここには回復ポーションとかないのか!?」

遥は再び神官を問い詰める。

すると、神官たちは明らかに 言葉を詰まらせた。

「……そのようなものは……」

「いや、あるんだろ!? ゲームでは普通にあった!! それがあれば痛みが和らぐはずだろ!?」

「……その……」

遥の鋭い追及に、神官たちは明らかに動揺し始めた。

「ふざけんなよ! 何で隠してんだ!? さっさと渡せ!!」

しぶしぶ、神官は小さな瓶を取り出した。

透明なガラス瓶の中に、金色の液体が揺れている。

遥は即座にそれを受け取り、迷わず一気に飲み干した。

「……あれ……?」

先ほどまで 全身を引き裂くような痛み に襲われていたはずなのに、ポーションを飲んだ瞬間、遥の体から スッと痛みが消えた。

むしろ、ふわふわとして気持ちがいい。

「……やばい、めっちゃ楽になった……!!」

遥は、天井を見上げながら、しみじみとポーションの効果を実感した。

まるで、温泉に浸かったときのような 心地よい感覚 が体を包み込む。

「これがあれば、もう痛みなんて怖くない……!!」

しかし――

「やめなさい。」

急に、コナリーの冷たい声が響いた。

「……え?」

遥がポーションの瓶を握ったまま振り向くと、コナリーが真剣な目で睨んでいた。

「それは 依存性のあるポーション です。飲み続ければ、ポーションなしでは生きられなくなります」

「……は?」

遥の手がピタリと止まる。

「聖女の回復力を増強するために作られた薬ですが、常用すると、体が自力で痛みを耐えることができなくなる。

最終的には ポーションがなければ何もできない体 になるでしょう」

「……マジかよ……」

遥は驚愕し、即座にポーションの瓶を投げ捨てた。

ガシャアアン!!

床に転がった瓶が割れ、金色の液体が広がる。

「……詰んだ」

遥は呆然とつぶやいた。

痛みを軽減する方法はない。

契約の解除もできない。

痛みに耐えるしかない。

唯一の希望だったポーションも、依存性があると知り、手を出せなくなった。

「俺、どうやって生き残ればいいんだ……」

遥は頭を抱えた。

「大丈夫です、鍛錬を積めば痛みに耐えられるようになります」

コナリーは相変わらず淡々とした口調で言う。

「十年以上の修行が必要だがな」

「それ、間に合わねえええええええ!!!」

遥の叫びが、また神殿に響き渡る。

――聖女になった異世界生活、完全に詰んだ。

◆◆◆◆◆

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  • 男聖女は痛みを受け付けたくない   第六十七話 導くものの声

    ◆◆◆◆◆戦いの終わった神殿の一室には、静寂が戻っていた。アドリアンの死。剣を下ろした兵たち。言葉にできない余韻だけが、冷たい石床に残されている。その中で、遥はただ一人、砕けた指輪の破片を見つめていた。手の中にあるのは、淡く鈍い光を宿す小さな欠片。何度も命を救ってくれたもの。そして――アーシェの魂が封じられていたもの。「……ありがとう」そっと呟いた遥の声に、誰も言葉を返さなかった。ただ、すぐそばに立つカイルだけが、視線を遥に落とす。銀の髪が静かに揺れる。感情を見せないその瞳に、微かに影が差した。「アーシェは、俺の弟だ」静かな声だった。「……分かってる。あなたが、カイルなんだね」遥はそっと頷き、指輪の欠片を見せる。「この中に、彼の声が残ってた。――ずっと、あなたに会いたがってた。兄さんを、目覚めさせてって……それだけを願ってた」指輪から伝わった数々の記憶。痛みも、孤独も、そして最後の望みも――全部、知っている。カイルはしばらく何も言わなかった。けれど、ほんの一瞬だけ、目を伏せる。「……アーシェを、連れてきてくれてありがとう」その言葉は、まるで祈りのように響いた。静かで、重く、そして確かに――優しかった。遥は思わず目を伏せる。そのとき、微かに空気が震えた。――恩返しを。誰かの声が、遥の胸に響いた。アーシェのものだ。もうこの世にはいないはずの魂が、欠片のどこかにまだ宿っているように。カイルの目が、遥に向く。「……願いを言え。君の望みを」淡々とした声だったが、それは命令ではなく、真摯な問いだった。遥は、少しだけ迷ったあとで、はっきりと答える。「――始まりの異能王と、聖女に会いたい」カイルはゆっくりと頷いた。「分かった」そして、ためらいもなく、カイルは遥の身体を両腕で抱き上げた。「わっ……ちょ、ちょっと……!」驚いた遥が声を上げたが、カイルはまるで気にした様子もなく、静かに歩を進める。(あれ……?)抱き上げられた腕の中で、遥はふと違和感を覚える。アーシェとカイルは、記憶の中では少年の姿だったはずだ。それなのに――抱かれている腕はしっかりしていて、青年としか思えない体躯。強引に持ち上げられたというより、自然に包み込まれるような感覚だった。「異能って……万能かよ……」思わず小さく呟

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